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#3135 日本ではなぜ格差が拡大しないのか

 「負けるのが怖い」「勝敗をつけられたくない」「他人と比べられたくない」…今の時代、そう考える人は多い。「みんな仲良く」が正義とされ、会社や学校から「誰かと競うこと」が排除された結果、「競争への免疫力」が低下してしまったと、金沢大学教授の金間大介氏はビジネス情報サイトDIAMOND ONLINEに寄稿しています。(『大規模調査で判明した「行き過ぎた協調社会」の実態とは』2024.12.7)

 「誰かと競うこと」は「悪」である…近年、特くに若い世代を中心に、こういった考え方が広まっているように感じると金間氏は言います。しかし、競争することは本当に「悪」なのか?「みんな仲良く」を徹底した「行き過ぎた協調社会」になったことで、失われたものもあるのではないかと、氏はこの論考で問いかけています。

 氏が、2023年12月に20代から40代までの社会人1200人を対象に行ったアンケート調査によれば、「ライバル」と呼べるような人がいると答えた人の割合は「現在いる」が20.4%で、「かつていた」の19.0%を合わせてもおよそ4割余りとのこと。一方、「一度もいない」と答えた人の割合は60.6%。つまり現代では、「誰かと競争している人」は、「したことがある人」を含めても少数派に過ぎないということです。

 こうした状況は、ある意味、21世紀以降の日本社会特有のもの。「みんな仲良く」が正義とされ、「競争」は徹底的に排除された。しかし、本当に競争は「悪」でしかないのだろうかと、(「モチベーション」を研究分野とする)氏はここで疑問を呈しています。

 負けたくないと思える相手がいるから、成長しようと頑張れる人も多い。競争によって実力以上の能力が発揮されたり、秘めた本気が引き出されたりすることもあるだろう。そして、日常生活や、仕事、人生に物足りなさを感じるのは、そこに「ライバル」がいないからかもしれないというのが氏の指摘するところです。

 さて、競争がなければ「差」がつかない。いや、仮に付いていても、競わないのでよく分からないということはあるでしょう。

 そうした中、競争を嫌う社会では、(結果として)どういったことが起こるのか。「週刊プレイボーイ」誌の4月6日発売号に、作家の橘玲(たちばな・あきら)氏が『日本では所得格差は拡大していないが、それはよい知らせではない』と題する一文を寄せているので、参考までに指摘の一部を残しておきたいと思います。

 「グローバル資本主義」によって、経済格差がとめどもなく拡大しているとはよく言われること。しかし最近では、「これはアメリカのような社会にはあてはまるものの、日本では格差の拡大は見られない」というデータが増えてきていると氏はコラムに綴っています。

 厚生労働省の「所得再分配調査報告書」によると、日本のジニ係数は徐々に大きくなっているものの、それでも2011年の0.37から23年に0.38に上がっただけ。一般的に、社会全体が高齢化すると自然にジニ係数が上がるので、高齢化の効果を調整すると、日本のジニ係数はほとんど変わっていないことが確認されたと氏は言います。

 また、国税庁の「民間給与実態統計調査」によると、給与所得の過去30年間の推移は、中央値が約400万円、上位10%が800万円、上位1%が1600万円でほとんど動きがない由。さらに純国民所得の国際比較でも、上位1%層の所得シェアで、アメリカは19%、韓国が16%と高水準なのに対して、日本は8%で先進諸国中で最も低いままだということです。

 こうしてデータで見る限り、日本は、格差問題で政治や社会が動揺する欧米などと比べて、格差が少ない平等な社会であることはほぼ間違いない。しかし、これを手放しで喜んでいいのかと、橘氏はここで指摘しています。

 厚労省の「所得再分配調査報告書」では、世帯単位で見た(再分配前の)所得は2年間で423.4万円から384.8万円と9.1%(38万6000円)も減っている。これは高齢化にともなって、退職して年金のみに依存する世帯が増えているから。結果、年金以外の所得がほとんどない世帯が全体の3割を占め、半数の世帯が(再分配前の)所得250万円以下というのが日本社会の実態だということです。

 給与所得が30年間ほとんど変わらないばかりか、この間に、給与の中央値は9%も下落している。それでも実質GDPが年率約0.5%増えたのは、共働きによって家計の所得を補ったからだと氏は話しています。

 一方、上位1%層の所得シェアが低いということは、逆にいえば、(日本が)優秀な人材が自らの能力を発揮してお金を稼ぐことができにくい社会であることの証左でもある。これをまとめると、日本は「失われた30年」のあいだ、「出る杭」を打ちながら「みんなで平等に貧しくなった」というのが氏の指摘するところです。

 富むのも、貧しくなるのもみんな横並び。「茹で蛙」の例えではありませんが、みんな一緒なので、気が付かないことは確かにたくさんあるような気がします。そして、(別に「競争しろ」というワケではありませんが)そうした意味でも、たまには海外に足を向けるのは大切なことではないかとも思います。よその国々がどのくらい(経済的)に豊かなのか。街角に活気があるのかなどを肌で感じてみる必要があるのかもしれません。

 目先の競争ばかりに目が行く社会というのも確かに世知辛いものですが、(例え格差が多少拡大したとしても)「活気のある社会」とどちらがいいのか。そろそろ真剣に選択を考えるべきフェーズに来ているのではないかと話す橘氏の言葉を、私も興味深く受け止めたところです。